「フリーランスに転向すれば、月収が一気に上がる」——IT系の転職市場ではそうしたイメージが広まっており、実際にフリーランスへの転向を検討している方も少なくありません。確かに、フリーランスに転向した直後は手取りが増えることがあります。しかし、数多くの転職相談を受けてきた実感からお伝えすると、年収600万円未満の20〜30代が目先の収入アップを目的にフリーランスへ転向することは、キャリア上のリスクが非常に高い選択です。
コロナ禍以降、SNSやメディアでは「フリーランス=自由で高収入」というイメージが先行し、実態を知らないまま独立を決断する人が増えています。そういった現状に対して、正直にリスクをお伝えするべきだと考えているからこそ、この記事を書いています。
誤解のないようにお伝えしておきたいのは、フリーランスという働き方そのものを否定しているわけではないということです。向いている状況と、そうでない状況が明確に存在します。
なぜ「収入が上がって見える」のか——からくりの正体
フリーランスに転向すると、なぜ収入が上がったように見えるのでしょうか。その仕組みを理解するには、企業側の事情を知る必要があります。
フリーランスの単価が高く出る構造には、大きく分けて2種類あります。
ひとつは、実力が市場で評価されているケース。即戦力として組織に大きな価値を提供できる人材は、企業側から指名される形で高単価のオファーを受けます。これはフリーランスとしての成功パターンであり、企業もそうした人材を信頼して役割を任せます。
もうひとつは、企業が急な人員不足の穴埋めを求めているケース。企業が急な人員不足に直面したとき、通常の正社員単価の2〜3倍近い金額でフリーランスのエンジニアを起用することがあります。通常70万円/月程度のポジションに、150万円/月でフリーランスを充てるケースもめずらしくありません。
表面上は「月収が大幅に増えた」ように見えますが、その仕事の本質はスポット対応・人手不足の穴埋めです。つまり、「ちょうどその時期に人が足りなかったから、割高でもお金を払う」という構造です。
フリーランスマッチングサービスが「高単価案件多数」とアピールするのはこの仕組みを利用しており、情報に不慣れな求職者が本来の市場価値より高い数字に引き寄せられてしまうことがあります。
「成長に繋がらない仕事」しか回ってこない現実
フリーランスとして働き始めると、もう一つの問題が顕在化します。それは、手がける仕事の質が下がり、スキルが止まるという現象です。
実績のあるエンジニアには、フリーランスでも重要な仕事が回ってきます。AI駆動開発、新規プロダクトの立ち上げ、技術選定、若手の指導までを任されるケースもあります。企業はフリーランスを下に見ているわけではなく、信頼できる人には信頼して任せています。
ただし、それはすでに実績を持っている人に限った話です。
ほとんどの場合、企業は新しいチャレンジ、大きなプロジェクトの中核業務、難易度の高いプロジェクト——そういった仕事は、社員として長期的なコミットメントができる人に任されます。
フリーランスは「困った時のスポット要員、いつでも案件から外すことが可能な人材」という位置付けであるため、企業側は重要な業務を任せにくい。結果として、ITエンジニアとしての成長が止まります。
正社員時代なら自然に積まれていたはずの「難易度の高い開発の経験」「チームを率いた実績」「顧客折衝の経験」といったキャリアの積み上げが、フリーランス期間中は停滞しがちになります。最初の1〜2年は気づかないかもしれませんが、3〜4年が経過したとき、気づけばスキルセットが古くなっていた、という事態になることがあります。
「戻ろうとしても戻れない」——正社員復帰の壁
フリーランスで数年を過ごして限界を感じ、「やはり正社員に戻りたい」と転職活動を始める方がいます。しかし、ここで多くの方が予想以上に厳しい現実に直面します。
企業側の「採用したくない」という本音
採用企業が「フリーランス経験者」を採用することに慎重になる理由は、主に2つあります。
一つは組織への適応力への懸念です。「自分のペースで働いてきた人が、組織のルール・チームの動きに合わせて動けるか」という点は、採用担当者が必ずチェックするポイントです。フリーランス期間が長いほど、「組織になじめないリスク」として見られやすくなります。
さらに、スキルセットの陳腐化のリスクです。数年間、スポット対応の案件を手がけてきた場合、最新の技術スタックや業務領域での実績が薄くなっていることが多いです。「直近の業務でどんな課題に取り組んでいたか」を面接で問われたとき、説得力のある答えが出てこないケースが少なくありません。
フリーランスからの正社員復帰は「可能ではあるが難易度が上がる」という状態になっています。市場価値は下がりきっており、「戻れた」としても前職(フリーランス開始前)と同等かそれ以下の条件からのスタートになることもあるというのが現実です。
フリーランスをやっていい人・やってはいけない人
ここまで読んでいただくと、「フリーランスを否定しているのか」と思われるかもしれません。そうではなく、向いている状況と向いていない状況があるという話です。
すでに実績を積んだ30代以上で年収1,000万円を超えているよう方が、育児・介護・転居といった事情で一時的に柔軟な働き方が必要になった場合など、こうした方は、数年間フリーランスとして働いたとしても、業界内での実績があるため、正社員への復帰も難しくはありません。
一方、年収600万円未満の20〜30代が、目先の100〜200万円の年収アップを目的にフリーランスへ転向することは、慎重に考えていただきたいと思います。短期的な手取り増加と引き換えに、キャリアの成長機会・組織での実績・市場価値を手放すリスクが大きいからです。
まとめ
フリーランスに転向することで収入が上がって見えるのは、企業が人手不足の穴埋めとして割高な単価を払うスポット要員を求めているからです。そういった仕事しか回ってこない環境で働くことでスキルが止まり、数年後に正社員に戻ろうとしたときには組織適応力への懸念とスキルの陳腐化という二重の壁が立ちはだかります。
「フリーランスへの転向」という選択肢を検討するなら、少なくとも「今の自分はその壁を超えられる水準のキャリアにいるか」を冷静に判断することが大切です。フリーランスを目指す前に、まず市場価値を高めること——それが結果として、中長期的な収入アップにつながる道です。